2020-08-13

2020-08-13

 今日はTwitterを已めようと思った。
魅力的な友人に圍まれてゐると劣等感が膨らみ、自分が存在しなくなってゆくのが嫌だった。
初めてではないし今回も長續きはしなからう。
私程度の病名も附かない樣な欝の正體など氣壓か何かだから。
斯う言ふ時にnote.comは逃げ場として丁度良い。

私の友人(と私が思ってゐるだけかも知らない知人)らは魅力的である。
或るは繪を描き、或るは文を書き、或るは努力で得た良い容姿を持ち、皆氣立て良く、私以外の友人も居る。
私は彼らが大好きだ。
一方私は何も生み出す事が無く、性格も容姿も劣等で、彼ら以外に友人は居ない。
これまでの人生からして(性格が惡いから)彼らも遠からず失ふ事は明らかだ。
自分にも人間の振りができる等と思はず、つと獨りで居る方が賢い選擇だった。

遺書を書き始めた。
初めはLaTeXにしようかと思ったが、Pug+Sassにした。
書き出した死にたい理由が凡庸で、それが再歸的に死にたい理由になった。

志村貴子『放浪息子』を讀んだ。
本當は3日ほどに分けて讀むつもりだったが全15卷一氣に讀んでしまった。
卷15では泣いた。
私も昔はかわいい男の子になりたかった。
今は諦めて男らしい男になりたいと思ってゐる。
私も舊世代の人間である。
次の世代では性別なんて物が(少なくとも日常生活では見かけ上は)無くなれば可いと思ふ。

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欝の時は宇多田ヒカルの曲をよく聽く。
彼(私は「彼」を單に三人稱として使ひ、男性に限定しない(廣東語の「佢」やフィンランド語の「hän」の樣に))の曲は透明で、それ以上心を濁されずに濟む。

現實的な話しとして、Twitterを已めると勞働效率が上がるか明日檢證してみたいと思ふ(然し既に26時を過ぎてゐ、心地好い起床は望めない)。

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